真理。

それはムダ?
本当に?

人は自分がおかれる環境を
全てコントロールなんて出来ないさ。
その状態から何を学ぶか、つて事しかできない。

そして。
大人になれば自分で環境を変えることも出来るし
自分で学ぼうと思えば学び放題になる。

理屈が上手い人には
反論することは難しいけれど
「なんかおかしい‥・。違和感がある」
と感じる事はできる。

言葉での反論なんて
訓練で上手くなるもんだ。
何も反論できなくても
「なんか違う」という感覚を大切にしたいなあ。

私達には
脳だけじゃなく
感覚器という身体もあるんだもの。

気づく力は禅の流れか。
だとしたら知識を求めるのは永遠に到達できぬな。
まずは座ることから。
まずは見たくない見えない自分と対面することから。

ライヒの言葉で
「筋肉の鎧」「性格の鎧」ってのがある。

思いを肉体に閉じ込めてしまう‥・
自分を守るために身につけた性格で周りと遮断する‥・

その時は必要だっただけだろう。
自分を守る方法は変えていってもいいんだよな。

何事も真理は一緒というのが面白い。
ドーナツの穴は真理。
そこにあるのにドーナツが作られると認識できて
たべちゃうとなくなっちゃう。
ただただ最初からそこにあっただけなのに。

商売の真理は
現実を認識すること。
これだけで変わるのは本当に面白い。