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岐阜新聞朝刊のコラム「素描」第1回 2021年3月6日『始まりの手紙』

    
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岐阜新聞朝刊のコラム「素描」第1回 2021年3月6日『始まりの手紙』

 私が故郷の高山市を離れ、中津川市に住み始めたのは1990年のことです。結婚して名字が変わり、生後1か月の長男とアパートの一室で夫の帰宅を待つだけの毎日は、世間とのつながりを失ったようでした。当然、私宛ての手紙は1通も届かないので、懸賞やプレゼント企画に応募し、返事を待つようになりました。ここに私の存在を知っている人がいるように感じていました。

 数年後、舅の時計店を継いで商売を始めた時にお客様に手紙を送ることにしました。でも送り先の顧客名簿が一つもありませんでした。お客様情報は舅の頭の中だけにあったのに、病気であっという間に亡くなってしまったからです。それでも手紙を出したい気持ちは抑えられず、手元にあった息子の同級生名簿を見て手紙を書きました。親しくもない相手に手紙を出してもいいものか、何度も躊躇して3日目にやっと投函できました。

 80人のうち3人が反応してくれました。1人目は夫の同級生でもある近所の女性で「ありがとう」と言われました。2人目は会話もしたことがない方で「きっと返事を待っていると思ったからファクスを送ります」と返信を貰いました。3人目は数カ月後に店でピンキーリングを買ってくれました。今では私と一緒に店舗運営をする仲です。

 この3人のおかげで私は今でも店を続けています。商売は、仕入れと経費以上に高く売ればいいだけの話ですが、その難しさにいつも頭を抱えます。行き詰まると、悩んで出したこの手紙を思い返します。無視してもよかったのに反応してくれた人がいた奇跡を噛みしめ直すのです。

この記事は
株式会社ごえん 代表取締役社長
地域商店コンサルタント
山田文美(やまだあやみ)
が書きました。

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