大多数の無難か?少数のトンガリか?  中間層のお客は消えた!あなたはどちらへ進むのか? 画鋲の時代

 「お客が減った」

 このように、よくいわれます。それは日本の総人口が減ったからという単純な話ではありません。お客が買物をする目的に大きな変化が起きて、顧客ピラミッドの形を変えてしまったのです。

顧客ピラミッドは逆さ画鋲に形を変えた

 これまでのマーケティングで定説として語られてきた「顧客ピラミッド」は、顧客数が下段から上段へと均等に減っていく考え方でつくられています。最下段を「見込み客」だとしたら、「来店客」「お試し購入客」「リピート客」、そして最上段の「常連客」へと客数は均等に減っていきます。
 下段を「安価品」としたら、中段は「普及価格品」、上段は「高額品」。下段を「必需品」としたら、上段は「贅沢品」、下段を「利便性」としたら、上段は「嗜好性」となります。
 こうした顧客数は段階的に均等に絞り込まれていくという見立ては、現状にそぐわなくなってきました。お客は最下段と最上段だけとなって、中段がごっそりなくなり、顧客ピラミッドは逆さにした画鋲の形になりました。実は”減ったお客”とは、ピラミッドと画鋲を重ねた差の部分のことです。

中途半端な店は、お客から選ばれなくなりました。中間層だったお客は、逆さにした画鋲の平たい部分の大多数か、針先端の少数へと移動して、存在しなくなったのです。
 中間層が存在しているのなら、幾つかの顧客層ターゲットを狙って複数の購買ポイントを打ち出せば、何かはヒットしていました。ところが中間層が消失したことにより、中小店のターゲットは針の先ほどの少数になってしまったのです。
 生半可なターゲット選定では、販促を打ってもハズレばかりです。針先端のトンガリの少数と、画鋲のように二極化した「画鋲の時代」が始まっています。

無難から逸脱して針先端のトンガリをつくる

 平たい部分の大多数のお客は利便性に重きを置きます。ネットショッピングでは、自宅に取り寄せ後にお客側の都合で返品しても送料無料といったサービスも台頭してきていますから、実店舗で商品確認してからネットで購入するショールーミングは一気に減りました。
 しかし、こうした状況の中でも実店舗はなくなりません。お客が中小店に求めるのは、無難さよりも店のトンガリだからです。
 ある女性衣料品店には、黒色の服の在庫がほぼありません。多くの同業店が無難な黒色を多めに品揃えする中で、この店は「黒色が本当に似合う人はとても少ないので、少しの在庫でも大丈夫」と言い切ります。
 そこは、お客一人一人に合わせた、着るだけできれいに若く見える”色の魔法を売っている店”なのです。店内にあふれている色とりどりの洋服は、まるで衣裳部屋のようです。お客が勝手に洋服を選ぶのではなく、スタッフが3階建ての店内から、似合う色、柄、形の服を集めてきて提案してくれます。
 お客は、自分だけだったら選ばない服を着ることになり、思いもよらなかった人からも褒められます。こうした体験を通して、この店のファンになっていきます。これが無難を捨てた針先端のトンガリなのです。

平たい部分の消費は近場 針先端は生活圏を飛び出す

 私が住んでいる人口5800人の過疎地にも、大手チェーンが複数出店してきています。コンビニ3店、ホームセンター3店、ドラッグストア1店、スーパーマーケット1点、さらに建築中の複合型安売り店1店と、こんなに乱立して成り立つのかと心配になるほどです。しかし、これらが地元中小店に取って代わったのだとしたら、過疎地にも消費は確実にあることが分かります。
 画鋲の平たい部分の消費は、お客が住んでいる地域で行われます。より安価な実店舗が過疎地域にまで出店してきていますし、自宅や通勤途中にスマホでも買物できるからです。必需品は日常生活のついでに購入されます。買物行為は切り取られているわけではなく、生活の一部なのです。必需品の買物はできるだけ手間暇をかけずに早く効率よく済ませ、楽しみに時間を使いたいのです。

2017.10“画鋲の時代”にモノを売る-04


 人は必需品だけあれば生活できますが、それだけでは心は満たされません。“足りない何か”が満たされたら、次の何かを満たしたいと行動します。物が手に入りにくかったときは物を、物が充足したら心を満たしてくれる店を求めて移動するのです。
 必需品なら欲しい物は分かっていますが、心を満たしてくれる何かは、お客もまだ知らないのです。この状態がよく分かる言葉は「何か良いものがないかなと思って来た」というお客の一言です。
 実店舗は店主のアピール場所であり、お客はそのアピールを期待しています。このアピールによって、必需品を”必要ないけれど心を満たしてくれる物”、すなわち嗜好品へと変化させ、「針先端の購買」を生み出します。
 針先端の購買は日常生活圏とは関係なく行われます。心を満たしてくれる実店舗には、近くからも遠くからもお客が来ているのです。今後、実店舗は人口減少に合わせてますます減少していくでしょう。そのとき、針先端のトンガリのない店は淘汰されていくのです。
 インターネットの普及により、情報は距離には関係なく広がります。そうなると、遠い近いは関係なくなり、お客は針先端のトンガリを持つ店を見つけたら心の充足を求めて飛行機に乗ってでも行きたいと思うのです。

実例:飛行機に乗って買物にきてもらえる布団店

 鹿児島・姶良市の「ふとん店」は、自店ホームページを通じて手作りの綿布団を売っています。その綿布団を納品する荷物には、自店の布団に対する思いをつづったチラシを同封、後日あらためて手書きのお礼状を送ります。すると、「この布団を作った人に会いたい」と飛行機に乗って来店する人がいるのです。
 まるで買った商品に魂を入れるように、作った人に会いに行く旅行です。同店の商品数は非常に限られていますが、一つ一つが選び抜かれた品揃えなので、お客は満足して他商品も買って帰ります。
 布団は今住んでいる近くでも買えるし、指一本でスマホで注文したら、遠くからでも自宅に届けられるのに、わざわざ旅行に行って買うのです。針先端のトンガリを持つ店は旅行の目的にまでなるのです。
 衣料品店でも眼鏡店でも美容室でも、「不便だけどここがいいの」と言われるトンガリのある店へは、近くからも遠くからもお客がやって来ます。無難さではなく、針先端のトンガリになりましょう。

針先端のトンガリ天ではお客は買物の時間を楽しむ

 図表④は針の長さに注目です。この長さは商品購入に至るまでを楽しむ時間の長さです。必需品ですら焦って買うお客は減っています。必要なだけをその日に買えば事足りるからです。
 お客にとって利便性以外で商品を購入するかどうかのポイントは、その過程で自分をどれだけ楽しませてくれたかどうかで決まります。焦らないお客は、じっくりと商品や店を他と見比べ、知らないことを知るために時間を使い、そんな自分を丁寧に扱ってくれる体験を通して心を充足させていきます。
 「丁寧に扱われる」とは、チヤホヤされることではありません。いつも変わらぬ一貫したメッセージに触れられることと、笑顔で迎えられることの2つがそろうと、丁寧に扱われる感じがするのです。
 ある美容室は「お客さまは、おしゃべりを楽しみに来店されます。髪を切るのはついでです」と言い切ります。お客は今の店と他店を比べてみたいから、特に店に対する不満がなくても他店にも行くそうです。そして必ず自店に戻ってきて「他の所に行ってみて分かったわ。この店には、話を聞いてもらいに来ているのよね」と報告してくれます。
 それからは他店へ行くことはなくなり「カットやカラーは一カ月に一回しか出来ないから、頻繁に店に来られない」と残念がります。そこで一万円トリートメントを始めてみました。これならカットやカラーをしなくても、話を聞いてもらいたくなったら予約できるからです。もちろん一万円に相当する技術は提供しています。ですが、お客にとって技術が優れているのは当たり前としか理解されません。
 同業店の多くは技術こそお客に選ばれる自店の売りだと思い込んでいるのに、この店は横並びから「技術は当たり前、それよりも店内で過ごす時間に、楽しいおしゃべりをしてもらう」という針先端のトンガリを持っているからお客に選ばれています。

お客は「何でもいいからとにかく必要」という買物の場合、商品を安さで選びます。あなたの店は「ただ空腹がおさまればいい」「取り合えず着られればいい」と利便使いされる店なのか、「これを試してみようかという高揚感」や「これじゃなきゃ駄目なのという愛着」で選ばれる店なのか、どちらでしょうか。
 あまり時間は残されていません。どちらの道を進むのか決断し、歩み始めるときです。

実例:ナショナルブランドの仕入れをやめて、自分たちが美味しいと思った商品を全国から探して品揃えしている家族経営の小さなスーパーマーケット。
追記:取材後「優良経営食品小売店等表彰」にて、農林水産大臣賞を受賞されています。